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2016-10-11

本と僕らの、旅のはじまり

僕らは深夜の羽田空港にいた。フライトは0時5分。飛行機を降りる頃は、1日前の3月30日の夕方だ。夜から夜へ飛び、僕たちはアメリカのカリフォルニア州・ベンチュラを目指す。そこが今回の旅の最初の目的地だった。

空港に集まった面々を見て、高校の同級生らと約10年前に起業したバリューブックスに、いろんな人が集まってくれるようになったことを感じていた。昨年9月に社外取締役としてジョインし、今回の旅に同行してくれたブックコーディネーターの内沼晋太郎さんもそのひとりだ。

下北沢に、毎日トークイベントが行われ、ビールが飲める新刊書店「本屋 B&B」を博報堂ケトルとともにオープンするなど、本と人との交差点を様々に彩ってきた内沼さんとの出会いは、彼が主催するスクール「これからの本屋講座」だった。僕は生徒としてこの講座に通っていた。

講座には取次や書店、出版社、製紙会社など、本に関わるさまざまな人が集まっていた。内沼さんは彼らから寄せられる様々な質問に常に的確な答を用意していた。分業の壁にとらわれることなく、出版業界全体を見て、自ら行動できる。これこそが、これからの本の仕事をつくる人なのだと思った。そして僕は迷うことなく彼に会社を手伝ってほしいと告げた。

この旅は彼がバリューブックスに参加してくれて、はじめて長い時間を共有する旅でもあった。

 

パタゴニアに学ぶ、これからの本屋像

 

多忙な内沼さんと、バリューブックスの面々それぞれの業務の合間をぬって、「行くとしたら、ここしかないね」と旅の日程を決めたのは3月11日。出発までわずか数週間という短い期間での計画を支えてくれたのは、取締役の中村和義、鳥居希、そして大熊裕幸だった。

作業が間に合わず、空港で印刷したというホカホカの予定表を見ていると、この旅はまるでバリューブックスが今の形になるまでの足跡をたどる旅のようにも感じた。

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最初の訪問先である「パタゴニア」は言わずと知れたアウトドアメーカーだ。

僕はまったくの異業種であるパタゴニアの取り組みから、今の出版業界における、古本屋のあるべき姿を考えてきた。

パタゴニア

1冊の本が読者に届くまでには、たくさんの人々が関わっている。作品を書く著者と、作品を本にして出版する編集者・出版社がいて、そこに製紙・印刷・製本・運送・倉庫業などの人々、デザイナー・イラストレーター・フォトグラファーなどの個人がそれぞれに関わって、本ができる。その先に、流通を支える取次、読者と本をつなぐ書店、そして本のリユースを行う僕たちのような古本屋がいる。

日本の出版業界は長い間、これら個々のプレーヤーの分業によって支えられて、巨大産業として発展してきた。そのせいもあって、この業界ではそれぞれのプレーヤーが、自分たち以外のプレーヤーのことが見えなくなってきているように思える。

本来は、良い本をつくり、その良い本が長く読み継がれるエコシステムを業界で創造していかなければならないはずが、誰も業界全体のことが見えなくなった結果、誰もが本の本当の役割を見失ってきてしまった。僕はこの状況を、古本屋として変えていけるのではないかと考えている。

パタゴニアは決して自らをいちアウトドアメーカーに留めない。広く、深い目線で世界を見ている。その視野にはユーザーはもちろん、社会や環境までが含まれる。

シャツなどの全てのコットン製品をオーガニックコットンに代えたこと、ペットボトルをリサイクルしてフリースをつくったこと。どちらもアウトドアメーカーとして先駆的な決断と実行だ。その偉業の裏にあるのは、企業の責任とは何か、というストイックな自問自答だった。創業者のイヴォン・シュイナードは、ビジネスにおける責任範囲を、商品や地域社会のみならず、地球環境や資源に対してまで求めている。だからこそ、品質に徹底したこだわりを持ち、ずっと使い継がれることを前提としたものづくりを、先陣を切って進めてくることができたのだ。

今の出版業界に必要なのは、こうした広範にわたる責任について考えることだと思う。

パタゴニアは製造業だが、リユースのことまでを環境に対する自らの社会的責任と捉えている。

僕たちはリユースを本業にしているのだから、本来は僕たちの方が環境に対する配慮など深い考え方を持っているべきだ。しかし、負けていると感じていた。僕はいつも大きな悔しさを持って、パタゴニアを見つめてきたのだ。今回の旅では、この悔しさをバネに、何らかの答えを見つけたいとも思っていた。

 

海の向こうの奇遇な“兄弟”、Better World Books

 

better world books

2つ目の訪問先である「Better World Books」は、僕らと不思議な共通点の多い会社だった。

6、7年前、僕はBetter World Booksの存在を、インターネットで偶然見つけた。ちょうど僕たちが「チャリボン」の事業を始めたばかりの頃だった。

「チャリボン」は古本をリユースすることによって、NPOやNGOのファンドレイジング(寄付集め)を支える仕組みだ。読み終わった本を集め、その本の買い取り相当額を、NPOやNGOに寄付する。

最初の頃はまだ、この仕組みがどのように発展していくのか分からなかった。そのとき、偶然出会ったBetter World Booksが大きな勇気をくれた。彼らはすでに古本を集め、NPOなどへ寄付を行うことを事業として確立していたのだ。

日本の企業においてこうした寄付などの取り組みは、本業以外のCSR活動として位置づけられがちだ。しかしBetter World BooksはCSR的な活動そのものを本業とし、さらに事業としても伸びていた。僕たちは彼らをベンチマークにして「チャリボン」の事業の参考にしてきた。その結果として、現在までに約150団体に向け、約2億4,000万円以上の寄付を行うことに成功している。Better World Booksの存在は、この成功においてとても参考になった。

Better World Booksは、創業メンバーが大学の教科書を売ったことから始まったという。僕がバリューブックスを創業したきっかけになったのも、売れっこないと思っていた、大学の頃に使っていた物理の教科書をAmazonのマーケットプレイスで売ったところ、意図せぬ高額になったからだった。

さらにバリューブックスは長野県の上田にある。Better World Booksもアメリカのインディアナ州にある。お互い小さな地方都市から世界を変えようとしているところも、とても似通っている。

 

 B Labに見る、企業とNPOが近づいていく未来像

 

B-Lab

パタゴニアとBetter World Books、これらふたつの企業を繋ぐ糸が3つ目の訪問先、サンフランシスコの「B Lab in San Francisco」にあった。

B Lab のビジョンには「すべての企業が、ただ世界でベストの地位を競い合うのではなく、世界にとってベストな企業になるために競い合う」世界の実現が掲げられている。

B Labには、ビジネスの力を使い、社会と環境の課題を解決することを事業とする優良な営利企業を「B Corporation(以下、B Corp)」として認証する制度がある。これは、認証企業をネットワーク化することで、ビジネスの成功を再定義してゆくためのグローバルなコミュニティをつくっていこうというムーブメントなのだ。そしてパタゴニアもBetter World Booksも、B Corpの代表企業とされている。

B Labに学ぶことは、社会性のある企業をつくるための手段として「B Corp」の存在を世界に示している点にあるだろう。

アメリカで「社会起業家(ソーシャルアントレプレナー)」が生まれ、ビジネスの手法を使って社会的な課題を解決するという潮流が生まれてきた。この流れは、NPOと企業の在り方に大きな影響を与えている。これまで社会貢献や公益性ばかりを考えてきたNPOも、より大きな影響力を持つためにビジネスの力を使うことを考えていかなければならないようになった。同時に、既存の企業もその社会的責任を果たすことが求められるようになった。

こうした世界の企業の流れを体系立てて評価してゆくシステムをB Labが持っているということに、僕は強い関心を抱いてきた。

一方4つ目の訪問先である、ニューヨークにあるHousing Worksは、ビジネスの力で社会課題を解決してきたNPOだ。Housing Worksは、HIV/AIDSに苦しむ人々にとってのヒーリングコミュニティとして存在し、特にHIV/AIDSとホームレスの二重の苦しみを撲滅することをミッションとしている。

Housing Worksは1990年に、ニューヨークでHIV/AIDSに苦しみ、住む家のない数万の人を救おうと立ち上がった活動家に起源を持つ。1996年には寄付で集められた本だけを取り扱うブックストアカフェを開き、その事業収益によって、HIV/AIDS患者らに住む場所を提供する活動を行っている。

まさに本のビジネスによって社会的な課題を解決しようとしている代表的なNPOだ。現在はパーティやケータリングサービスなどの事業も行っている。アン・ハサウェイがHousing Worksの書店で婚約パーティを行ったことも有名だ。

Housing Works

これからの出版業界において、それぞれのプレイヤーの社会的責任や、産業としてのエコシステムの確立は、必ず考えなければならないことだ。その新しい1ページをめくるためのヒントを、これらの企業やNPOに求めて、僕たちは旅立った。

この連載は、僕たちがアメリカで見たこと、感じたこと、そして自らの考えを大きく変えられた出来事についての記録だ。プロローグは僕の語りで始めたが、本編は同行したメンバーそれぞれの言葉とともに、紀行文で届けていこうと思う。

 

 

森旭彦|AKIHICO MORI

ライター・ジャーナリスト。サイエンス、テクノロジー、スタートアップに関心があり、さまざまなメディアで執筆する。また、書籍の構成ライターとして、成毛眞著『面白い本』『もっと面白い本』などに関わっている。
http://www.morry.mobi/

posted by valuebooks

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