EndPaper

本に触れる。
その小さなきっかけを届ける
ウェブマガジン。

2019-02-25

犬が子どもたちを変える —全国にたった2頭、医療現場ではたらくファシリティドッグ—

 

こんにちは、バリューブックスで編集を担当している飯田です。

今回僕は、「ファシリティドッグ」に会ってきました。
現役で活躍するのは、日本にたった2頭の犬たちです。

 

 

病院の中になぜ犬が?
彼らは一体なにものなのか?

それをご説明する前に、今回の取材に至った経緯をお話させてください。

 

画面越しの、衝撃的な出会い。

 

 

先日、なんの気なしにテレビをつけていると、ある女の子と犬の触れ合いが映っていました。重い病気を患い、入院生活を送るゆいちゃんという名前の女の子。そして、そのゆいちゃんを支えるセラピー犬(番組表記)のベイリーが映っていました。

ゆいちゃんを6年以上支えてきたベイリー。最後の大仕事のひとつが、ゆいちゃんの手術につき添うことでした。

 

出典:NHKスペシャル「ベイリーとゆいちゃん」
https://bit.ly/2TjfZwN

 

ベイリーがいるから、不安な手術に立ち向かえる。
ベイリーがいるから、大変なリハビリを取り組むことができる。

「単なるかわいい犬」ではなく、ベイリーの存在が、入院中の子どもたちの心身を回復させることに直結していました。

そして、何より衝撃だったのが、ベイリーが自分の頭で物事を考え、ときには人間の指示に従わないところ!

 

5時間に及ぶ大手術を無事に終えたゆいちゃん。ベイリーはベッドに乗り、痛みをこらえながら寝転ぶゆいちゃんに添い寝してあげます。時間が経ち、ベイリーのハンドラー(指示を出す人)の森田さんが、ベッドを降りるようにと「ベイリー オフ」と声をかけます。

しかし、ベイリーは動かない。

何度も指示を出すものの、ベイリーはそれに従いません。そして、ゆいちゃんが次第にウトウトし、眠りに落ちたのを見届けると、ベイリーはすっと立ち上がりベッドを降りたのです。

番組内で、「自分が求められていることが、わかったんでしょうね」と語る森田さん。淡々とした言葉で森田さんは語るけれど、僕には本当に衝撃的な1シーンでした。

 

いったいベイリーとは、ファシリティドッグとはなにものなんだろう?

そんな疑問で、頭がいっぱいに。そして、番組を見ながらはたと気がつきました。

実は、ベイリーを派遣する「認定NPO法人 シャイン・オン・キッズ」は、バリューブックスが行う本を使った寄付サービス「チャリボン」のパートナーでもあったんです。

 

偶然に驚きつつ、活動の詳細を取材させてほしいとすぐに連絡し、この記事が生まれることになりました。

 

・病院に犬が常勤するなんてありえないことだった。
・相手の気持ちを読み取り、自分で考えて動くファシリティドッグ。
・子どもたちに自分から行動を起こさせてしまう力。

などなど、驚くような話をたくさんお聞きすることができました。

 

まずは、シャイン・オン!キッズが事務所を構える日本橋へ。広報を務める橋爪さんに、活動の概要を話していただきました。

 

ファシリティドッグとセラピードッグ、実はまったく違うんです

 

 

—— 橋爪さん、お忙しいなかお時間いただき、ありがとうございます。NHKの密着取材をたまたま拝見したんですが、本当に衝撃的でした。病院内を犬が歩き回り、そして、人間にはできないことをやってのけている。

 

番組をご覧いただいたんですね!ありがとうございます。

 

—— 取材をするにあたって気になっていた、「ファシリティドッグ」という呼称です。シャイン・オン!キッズではファシリティドッグと呼んでいますが、番組内でベイリーは「セラピー犬」と呼ばれていましたよね?

 

そうなんです。番組内では諸事情もあり、伝わりやすい広義の意味での「セラピー犬」という表現をされていたんです。本来は、セラピー犬とファシリティドッグは別物なんです。シャイン・オン!キッズが派遣しているのも、国際的な基準では「ファシリティドッグ」になります。

セラピードッグが行うのは、主に動物介在活動と呼ばれるものですね。たとえば、月に数回施設を訪問し、入居者の方々の心のケアをする。犬のハンドラーも、ボランティアで行う場合が多いです。

一方、ファシリティドッグが行うのは、動物介在活動に加えて動物介在療法。“活動”ではなく、この”療法”という部分が肝ですね。週5日でひとつの病院に常勤し、ハンドラーも看護師としての経験を持つ人に限っています。病院のいちスタッフとして、患者さんの治療活動に密接に関係するのが特徴です。

セラピードッグとファシリティドッグ、どちらがよいという話ではなく、それぞれで役割が違うということなんです。私たちが派遣しているのは、正確にはファシリティドッグなんです。

 

ただ、ファシリティドッグという名前だと、どんなものなのか少しイメージしにくいですよね。直訳すれば、「施設の犬」。でも、ファシリティという英語も一般的なものではないですからね。

なので、私たちも当初はあえてセラピードッグという呼び方をしていたんです。伝わりやすいように、と。現在では、行なっている活動が正確に伝わるように、ファシリティドッグという本来の言葉に統一しているんです。

 

—— たしかに、僕もファシリティドッグという言葉ははじめて知りました。

 

実は、正確に言うともっと細かくて(笑)ベイリーたちは病院に勤務するので、「ホスピタルファシリティドッグ」なんです。

ベイリーたちが訓練を受けたハワイの施設では、ほかにもたくさんの「はたらく犬」が育てられています。勤務先は病院とは限らず、退役軍人のサポートをしたり、裁判所ではたらく犬も。なので、それに合わせて「〇〇ファシリティドッグ」と呼ばれるわけですね。

 

—— え、裁判所にも犬がいるんですか?

 

ええ、そうなんです。たとえば、アメリカでは日本よりも訴訟が一般的な行為ですよね。それでも、裁判所に行くことは被害者や目撃者にとってはプレッシャーがかかること。そこに犬がいることで、気持ちが落ち着き、冷静になれるという効果もあるようです。

 

ハワイから日本へやってきた、ファシリティドッグ

 

 

ハワイの施設では1年〜1年半のトレーニングを受けて、犬の適正も見ながら派遣先が決まります。中でも、小児専門のファシリティドッグは特別な存在だと言われているんです。

 

—— というと?

 

やはり、大人と子どもでは振る舞いが違いますから、子どもと接するにはそれだけの能力が必要になるんです。

どうしても、子どもの方が感情を抑えるのが苦手です。痛かったら泣いてしまうし、いやな気持ちのときは少し暴れてしまったりもする。その傍らにおっとりした表情で居続けるのは、実はとても難しいことなんです。トレーニングの賜物ですね。

 

—— ああ、なるほど、「しっかり、おっとりできる」のも、ファシリティドッグの力なんですね。訓練はハワイの施設で、というお話でしたが、ファシリティドッグはもともと日本にはなかったものですよね。どういった経緯で始まったんですか?

 

それは、シャイン・オン!キッズの成り立ちからお話するのがよさそうですね。団体の創設者、現理事長はキンバリー・フォーサイスというアメリカ出身の女性です。

彼女は日本に住んでいて、タイラー君という息子を授かったんです。しかし、小児がんを発症し、日本で闘病を続けたのですが、残念ながら2歳の誕生日前に旅立っていきました。

その経験を活かしたいという思いで、シャイン・オン!キッズが生まれたんです。

 

特に課題感としてあったのが、心のサポート。
彼女には、「日本の治療は世界トップレベルだけれど、心理面のケアは出遅れている」という感覚があったんです。

 

自分と同じような立場の日本のご家族に、何ができるだろうか。それを模索しているとき、ハワイの病院でファシリティドッグと出会って驚いたそうです。

子どもたちみんながファシリティドッグを心待ちにしていて、ベッドから身を起こして声をかけたり、歩行トレーニングを行う子が一生懸命歩いてきたりする。1頭の犬が、みんなを笑顔にして、やる気を引き出していたんです。

そこでファシリティドッグの持つ力に気づき、日本への導入を考え始めたんです。

 

病院に犬がいるなんて、ありえない

 

 

—— とはいえ、導入のハードルは高かったんじゃないですか?

 

それはもう、日本の医療業界では「病院に犬が常勤するなんてありえない」と思われていましたからね(笑)そこを、うちのキンバリーが切り込んでいったわけです。

 

—— その「ありえない」状況を乗り越えるためには、何をしたんですか?

 

ただただシンプルに、相手の懸念材料をひとつずつ潰していく。それだけでしたね。

病院側が抱く不安点としては、感染症のリスク増加です。免疫能力の下がった子どもたちもいるので、人間でさえ気軽に病棟には入れません。今の時期はインフルエンザが流行っていますが、それだって子どもたちにとっては死活問題です。

しかし、実はファシリティドッグの導入で感染症が増えたという事例はないんです。きちんとそれを数字で示すことが大事。

そうして初めての導入が決まったのが、「静岡県立こども病院」ですね。こうして事例ができれば、導入病院の方々にもファシリティドッグの効果を話してもらえるので、その様子をほかの病院にも見せたりして。

そういった地道な活動の結果、現在では「神奈川県立こども医療センター」にもファシリティドッグが導入されました。全国では2ヶ所に派遣していることになりますね。

 

—— きちんと説明しながら、やれることをやる。そうやって普及していったんですね。とはいえ、ファシリティドッグが活躍する病院は2ヶ所。ほかの病院から声がかかったりはしないんですか?

 

ご依頼をいただくことはあります。でも、ファシリティドッグを導入するのは小さなことではないので、病院全体の意思統一する必要があるのが、難しい点ですね。

依頼してくれる病院関係者は、様々です。院長、ドクター、看護師、ときには事務方から来る場合も。でも、どなたかが「ファシリティドッグを導入したい!」と思ってくれても、最終的には病院が一丸となって賛成しないと、受け入れられないですからね。

ただ、私たちの目標は、すべてのこども病院ファシリティドッグを導入することです。長い道のりではあるけれど、頑張り続けたいですね。

 

—— すべての病院に! でも、すごく大切な挑戦ですね。

 

犬とハンドラー、両方が幸せでないといけない

 

 

—— すべての子ども病院にファシリティドッグを導入する。そのための一番の課題って、なんでしょう。病院側の受け入れ体制をまとめ上げるのが難しい、というお話はありましたが。

 

一番はもう、資金面ですね!(笑)

 

—— お金! 病院への導入費用はいくらなんですか?

 

初年度は年間1,200万円。その後は、900万円です。
これは、ファシリティドッグとハンドラーを合わせた、ペアの費用になります。

ファシリティドッグのランニングコストは、わかりやすいところでは食事代。そのほかには、動物病院にかかったときのお金や、体調を整えるサプリメント代もあります。

そして、ハンドラーのお給料をきちんと確保するのも、とても大事なことなんです。犬とハンドラー、両方がハッピーでなければ、病院をハッピーな方向に持っていけないですよね。

余裕がない中で活動させるのは、間違いです。それでは、継続的な取り組みにもなりませんから。

 

—— これらの費用は、シャイン・オン!キッズが負担しているんですか?

 

現段階では、初年度は私たちが負担しています。集めた助成金や寄付金を、導入費用にあてています。翌年以降の分担は、病院側と話し合いながら決めています。負担の割合は、ケースバイケースですね。それぞれに事情もありますから。

 


 

ファシリティドッグ「アニー」のぬいぐるみ。とってもキュート!

—— お話のあと、「オリジナルグッズの制作もしているんです」と、かわいらしいぬいぐるみを見せていただきました。資金を集めるため、寄付の呼びかけだけでなく、オリジナルのグッズを製作し販売、その利益を運営費にあてているそうです。

ぬいぐるみだけでなく、カレンダーや子どもたちがベイリーを撮った写真集(記事の最後でご紹介)などなど。

活動を知れば知るほど、力になれるよう自分たちのチャリボンを充実したサービスにしていかなければ、という気持ちも増していきました。

 

そして、そのままの足で向かったのは神奈川県立こども医療センター。ファシリティドッグのベイリーとアニー、そしてハンドラーである森田さんに、さらに詳しくお話を聞いていきます。

 

ファシリティドッグの開拓者、ハンドラー森田優子

 

 

—— ファシリティドッグのハンドラーを務めるには、看護師の資格を持ち、5年以上の臨床経験があることが必須。そう、犬たちを指揮する力だけでなく、看護師としての能力も求められるのです。看護師としての十分な知識と経験があるから、病院内でファシリティドッグに適切な指示を出すことができる。

そんな高い条件をクリアし、日本初のファシリティドッグ・ハンドラーとして活躍する森田優子さんに、まさにその現場でお話を伺いました。

 

 

やってきたのは、神奈川県立こども医療センター。ここに、ファシリティドッグのベイリー(今は引退)とアニーが通勤しています。

実は、僕は神奈川県出身なのですが、この病院は実家の近く(!)
自分の生まれ育った土地の近くで、こんなに先進的な取り組みが行われているなんて知りませんでした。

さぁ、待ち合わせをしている総務課へとお邪魔します。

 

 

—— わ! 本当に病院内に犬がいる!

 

はい、ベイリー。ここに座って。

 

森田さんの指示にしたがって、ソファに横たわるベイリー

 

—— すごい。ほんとうにお利口さんだ。 先日のNHKの番組では、ベイリーの最後の仕事が放送されていましたよね。もう引退しているんですか?

 

はい、去年の秋にファシリティドッグは引退しました。ベイリーはもう11歳、おじいちゃん犬ですからね。

 

—— 引退しても、こうして病院にやってくるんですね。

 

そうですね、日中家にいても、ベイリーだってすることがなくて困ってしまうので(笑)

子どもの頃からずっと、人と離れずに育ってきているんです。だから、長時間のひとりでの留守番は経験したことがないですね。今は病棟を回ることはないけれど、この事務室でのんびり過ごしています。

代わりにファシリティドッグを務めているのが、もうすぐ3歳になるアニーです。もう今日は15時も過ぎてきたので、そろそろお散歩に行って帰ろうか、という時間帯ですね。

病院にいるとき以外は、ベイリーもアニーも、私の自宅で面倒を見ているんです。

 

青い仕事着を身にまとうアニー。

 

—— そろそろおうちに帰る時間なんですね。朝は何時に?

 

9時には病院に来ています。そこでスケジュールを決めて、病棟をまわり始めるのは10時ぐらいからですね。

 

—— あ、病棟のまわり方はルーティンにしていないんですね。

 

はい、そこはあえて決めずに、当日になってから考えるようにしています。

たとえば、アニーに会いたいという子が多い時期もあれば少ない時期もあって、子どもたちの要望には波があるんです。

それに、「この時間に検査があるから一緒にいてほしい」「今日の手術に一緒に来てほしい」という風に声がかかったりもするので、直前までスケジュールは決めないんです。

 

—— そうか、ルーティンでまわり方を決めてしまうと、柔軟な対応ができなくなってしまいますものね。

 

相手の気持ちを読み取って、自分で考えて行動する

 

現役ファシリティドッグのアニー(左)と、引退してのんびりモードのベイリー(右)

 

—— ベイリーとアニー、性格は違いますか?

 

全然違いますね!

ベイリーは、マイペース。何事にも動じないんです。アニーは賢くて、私の指示することをきちんと聞いてくれます。

ただ、アニーの方がちょっと怖がりですね。獣医さんが苦手なんです(笑)
でも、ベイリーは大丈夫。何をされてもジーッとしています。我慢強いんでしょうね。

それに、ベイリーは頑固ですね。

 

—— 頑固?

 

自分のしたいようにしか、しないんです。散歩のときも、行きたい方向にグッと進んでいくので、大変なこともあります(笑)

 

——頑固という話で思い出したんですが、NHKスペシャル「ベイリーとゆいちゃん」で、ベイリーが森田さんの指示に従わずにゆいちゃんへの添い寝を続けるシーンが印象的でした。

 

ベイリーは特に、そういうことが多いですね。たとえば、いつも会っている子がたまたま外泊で病院にいないとき。私はそれを知っているので病室を素通りしようとするんですが、ベイリーはその前で動かなくなるんです。

ベイリーは、人のことをよく見ています。もちろんアニーもそうなんですが、特にベイリーは相手を読み取る力が、とても強い。

この子たちは、相手の気持ちを察知して、自分で考えて行動する力で、人に寄り添うんです。人間の指示をきちんとなんでも聞ければファシリティドッグになれるかというと、そうではないんです。

 

—— 自分で考えて、行動する。こうやって人をサポートする犬は、ハンドラーの指示を忠実に守って動くのが仕事だ、というイメージがありました。驚きです。

 

あとは、病院の中でもリラックスできる、というのも大事ですね。こんな風にベイリーはソファの上でくつろいでいますけれど、緊張してしまう犬だと続かないですから。

病院を楽しい場所、とも認識できているんでしょうね。これまで、この子たちが病院に行くのが嫌がったことはありません。ベイリーが若い頃なんて、むしろ帰りたがらなくて困ったぐらいです(笑)

 

一本の電話が進路を変えた

 

 

—— ベイリーは日本初のファシリティドッグですが、同じように森田さんも日本初のハンドラーとなるわけですよね。そもそも、どうしてこの道に?

 

もともとは、看護師として小児病棟で働いていたんです。そんなとき、2008年の夏だったかな、大学生時代の先生から電話があったんです。

「これから、日本にファシリティドッグを導入しようとしているNPOがある。そこで、小児科の経験がある看護師を探している」と。

実は、大学のときの研究も、福祉用に開発された犬型ロボットの効果を研究するものだったんです。なので、迷いなく応募しました。

もちろん、看護師の仕事も好きでした。ファシリティドッグのハンドラーという仕事があるなんて思ってもいなかったので、声がかからなければきっと、看護師を続けていたでしょうね。

看護師をやめたあとは、ベイリーのいたハワイでの研修施設で私も訓練し、そうして晴れてハンドラーになったんです。今でも年に1回、向こうのトレーナーがやってきてフォローアップをするんですよ。

 

—— フォローアップ?

 

私がきちんと犬の健康を管理できているか、ハンドリングに問題がないかをチェックされるんです。

 

—— ああ! ベイリーやアニーのチェックというより、森田さんがハンドラーとして問題がないかの確認なんですね。年に1回か、厳密な仕組みなんですね。

 

生き物って、変わっていくものですからね。私がきちんと犬たちを管理できていなければ、この子たちも適切な行動ができなくなってしまいますから。きちんとした仕事を続ける上でも、こうしたフォローアップは大事なんです。

 

—— そうなんですね。そうした始まったハンドラーという仕事、実際に働いてみて、想像と違う部分もありましたか?

 

うーん、そうですね。想像と違ったというより、そもそも想像もできない仕事でしたから(笑)

でも、想像以上に子どもたちやそのご家族がベイリーを心待ちにしてくれましたし、ベイリーにできることもたくさんあるんだな、というのは仕事をしながら実感しましたね。

今は、ハンドラーを目指す方も結構いるんです。

 

—— え、そうなんですか?

 

はい、「ハンドラーになりたいから看護学校に入りました」なんて言ってくれる学生さんもいて。でも、ファシリティドッグを導入する病院がなければ、ハンドラーとしても働けないですからね。

ファシリティドッグが活躍する病院は、全国で2つだけ。必然、ハンドラーだってふたりしかいません。

ベイリーが日本にやってきて、9年が経ちます。それでまだ2つですから、導入費用の面を解決して、もっと普及させていきたいというのが本音です。

 

それでも、ファシリティドッグが認知されてきているな、という実感はあるんです。

はじめは、病院としてもファシリティドッグをどうすればいいか、わからない状態でしたから。

 

子どもたちの家族、医療スタッフにも影響を与える存在

 

 

—— どうすればいいか、わからない。

 

ええ。導入の初期は、感染症のリスク増加への懸念がまだありましたし、ベイリーの効果が見えにくいですからね。入れない病棟も多かったんです。病室ではなく廊下で会う、なんてこともありました。

でも、そこで子どもたちや病院とコミュニケーションを重ねて、ファシリティドッグの成果を認めてもらえたので、次からの導入はスムーズになりました。

ベイリーは静岡県立こども病院で働いたあと、6年半前にこの神奈川県立こども医療センターにやってきました。静岡での実績があったので、始めからどの病棟にも入れたんです。

加えて、カルテの閲覧や記載ができたり、緩和ケアのチームに入れてもらえたりと、医療スタッフの一員として見てもらえている実感があり、やりやすかったです。

 

—— ファシリティドッグも含めて、子どもたちの治療に取り組む仲間だと認識されているんですね。ベイリーやアニーがここにいることは、子どもたちだけでなく、スタッフの方々にも影響がありそうですね。

 

それもありますね。私自身も看護師だったのでわかるんですが、病院での仕事って常に忙しいし、責任感も覚えるから殺伐とした気持ちになってしまうこともあるんです。

そんなときに、ファシリティドッグと触れ合うと気持ちが和らいだり笑顔になれたりする、と言ってくれる人もいます。

 

そうした意味で言うと、ファシリティドッグは子どもたちのご家族のためのものでもあるんです。

まだ小さい赤ちゃんだと犬が来てもわからなかったり、中には寝たきりで反応することができなかったりする子もいます。そういう子のご家族も、ベイリーやアニーがやってくるのを待っていてくれるんです。

 

—— そうか、病気に立ち向かっていくのは、親御さんだって一緒ですものね。

 

子どもたちに、自分から行動を起こさせる

 

 

—— 家族にも、医療スタッフの方にも影響を与えているファシリティドッグですが、一番向き合う子どもたちのどんな力になっているか、もうすこし詳しく教えていただけますか?

 

そうですね、ベイリーやアニーがすごいのは、子どもたちに「自分から行動を起こさせる」ところなんです。むりやりではなく。

 

—— 自分から、行動を起こさせる。

 

以前、末期の腫瘍を持った子がいたんですが、ご飯を食べられなくなってしまったんです。栄養をつけるために周りは「食べて」と言うんですが、本人は逆に食べ物を見るのも嫌になってしまって。

そうしたら、お母さんが言ったんです。「ベイリーがいたら、違うかもしれない」と。ためしてみよう、という話になり、その子の病室にベイリーが行きました。

ベイリーは、そこで自分のご飯を食べていただけ。でも、その様子を見ていて、その子が自分でご飯をつまんで食べたんです。

スパゲッティ数本、量としては微々たるものです。でも、見ることさえ嫌だったものを、自分の口へ運ぶ。それは、私たち人間には誰もできなかったことなんです。

ほかにも、自分の足では処置室に行けなかった子が、アニーのリードを持てば自分で行けるようになったり。人間にできないことを、この子たちは成し遂げてしまうんです。

 

—— ほんとうに、驚くような力ですね。ベイリーがいるからできる。それは、感覚としては納得できるんですが、どうしてなんでしょうか?

 

うーん、どうしてなんでしょうね。

たとえば、大きい子だと「ベイリーに変なところは見せられない」と頑張ることもあります。苦手な採血も、ベイリーの前でならできる。それに、「ベイリーと早く触れ合いたいから」という理由で薬を飲める子もいます。

ただ、やっぱりそれだけじゃ説明できなくて。ベイリーがそこにいるからできる、という子も多いです。それがなぜかは、私にもよくわかりません。でも、たしかにベイリーの存在が響いているんです。

 

—— ああ、ただそこに一緒にいてくれる、ということに、すごい力が宿っているんですね。

 

 

—— 最後に、聞かせてください。ベイリーはファシリティドッグを引退したけれど、森田さんはアニーとハンドラーを続けていくんですよね。引退後も、ファシリティドッグとハンドラーは一緒に過ごすものなんですか?

 

そこに、ルールがあるわけではないんです。まだ、前例だってないですしね。

もし私が「2頭の面倒を見れない」と言ったら、ボランティアさんのおうちに行っていたかも知れませんね。

 

でも、私の方こそ、ベイリーとはもう離れることはできませんから。

そうだよね? ベイリー。

 

 

—— 取材を終えて、森田さんたちを撮影するために病院の廊下に出ました。すると、そこには車椅子に乗った男の子とお母さんが立っていて、僕に「ベイリーとアニーの取材、終わりましたか?」と尋ねてきました。

(ああ、この人たちはほんとうに、ベイリーとアニーに会うことを心待ちにしているんだ!)

それを心から実感しながら、「すみません、もうちょっとで終わりますので!」とお伝えして、森田さん、ベイリー、アニーを撮影。改めて取材の御礼を伝えて、病院をあとにしました。

 

犬の存在が、子どもたちの心身を癒していく。
それは夢物語でもなんでもなく、こうして日々、現場で証明されていることなんだと実感しました。

 

何より、ベイリーとアニーを交えての取材中、僕はずっと笑顔が絶えなかったんです。ついつい、穏やかな気持ちで彼らの頭を撫ででしまう。

これこそが、ファシリティドッグの持つ力なんだ。

そのことに、上田に帰る新幹線の中ではたと気がつきました。

 

さて、最後にお知らせが。

冒頭でご紹介したNHKスペシャル「ベイリーとゆいちゃん」ですが、実は2/27に再放送されるんです。

少し遅い時間にはなりますが、画面の中で動きまわるベイリーをぜひご覧ください。

 


 

NHKスペシャル「ベイリーとゆいちゃん」
https://bit.ly/2TjfZwN

再放送:2019年2月27日(水) 午前0時40分(50分)
※ 26日(火)の深夜放送になります。


 

そして、ファシリティドッグについてもっと知りたいと思われた方、参考書籍を下記にまとめてありますので、そちらもぜひお手に取ってみてください。

 

『ベイリー、大好き』岩貞 るみこ

子どもたちとベイリーの関わり合いに密着し、まとめた1冊。ベイリーが持つ力がどれだけ治療に貢献しているのか、豊富な事例がならんでいて、改めて驚かされます。

 

『もしも病院に犬がいたら』岩貞 るみこ

上記の『ベイリー、大好き』を、さらに読みやすく編集しなおしたもの。小学生から手に取れますし、個人的にはベイリーのカラー写真が収録されているのが嬉しいポイントです。

 

『MY BEST FRIEND AT THE HOSPITAL』認定NPO法人シャイン・オン・キッズ

入院中の子どもたちが、カメラマンとなって思い思いにベイリーを撮った写真集。なんと、後半部分は写真家の桐島ローランドさんが担当しています。子どもたちがいきいきとしながら撮ったんだな、ということが紙面から伝わってきます。

 

そしてそして、最後になりましたが、下記のリンクからは私たちのチャリボンを通じてシャイン・オン!キッズへの寄付ができます。

お送りいただいた本やDVDを私たちが買い取り、その買取金額はすべてシャイン・オン!キッズへ。

みなさんの読み終えた本やCD・DVDが、ファシリティドッグの普及につながります。

 

シャイン・オン!キッズに本を使って寄付をする

 

posted by 飯田 光平

株式会社バリューブックス所属。編集者。神奈川県藤沢市生まれ。書店員をしたり、本のある空間をつくったり、本を編集したりしてきました。

BACK NUMBER