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2019-09-05

雨に踊る、日々のスケッチと。〈イイダ傘店 飯田純久インタビュー〉

 

 

ふかふかなパン、ころんと転がるそら豆、季節の草花、海を泳ぐ生き物。

 

色とりどりの愉快なデザインで、憂鬱な雨の日を心踊る1日に変えてくれる、イイダ傘店のオーダーメイドの傘。傘の顔ともいえるテキスタイルは、代表の飯田純久さんによる、日々の何気ないスケッチから生まれています。

 

そんなスケッチがこの春、1冊の本になりました。

季節の移ろい、旅先の出来事など、日々の記憶の断片が日記代わりに描かれます。

 

NABOで開催していた原画展をご縁に、イイダ傘店のアトリエにお邪魔しました。

 

たったひとりのために作られる傘、その背景には作り手のどのような思いが詰まっているのでしょうか。今回は、スケッチから傘が生まれるまでのストーリーをお届けします。

 

 

 

 

PROFILE

 

 

飯田純久(いいだよしひさ)

個人オーダーの傘屋「イイダ傘店」店主。1981年横浜生まれ。美術大学在学中に傘づくりを開始し、卒業後、傘屋として独立。年2 回(春・秋)の受注会とイベントでの販売会で日本各地を巡回。毎年、新作のテキスタイルで、日傘・雨傘を1 本1 本手作りで制作する。映画や舞台、テレビなどで使用する特注の傘も手がける。http://iida-kasaten.jp/

 

 

 

傘屋のはじまり

 

 

飯田さんと傘との出会いは学生時代。当時、美術大学でテキスタイルを専攻していた飯田さんは、自分が染めた布の表現のひとつとして、初めて一から傘を手作りしました。

 

飯田:卒業後、友人と立ち上げた会社で働きながらも“こんな傘があったら楽しいだろうな”という思いが、じわじわと出てきました。1年近く傘作りを勉強していたことで、それ以降も雨の日には、景色に溶け込む傘を、なんとなく目で追うようになっていました。ビニール傘が多いなとか、柄ものは少ないなとか。でも、街にもお店にも、自分が思う“こんな傘”はありませんでした。

 

その思いは日に日に強くなり、ついには会社を離れることを決めた飯田さん。学生時代の知識を頼りに、“ほとんど趣味みたい”に傘を作りはじめます。知り合いの染工場に通って布を作り、必要な材料は手持ちの傘を分解して揃えました。

 

 

飯田:オーダーメイドのスタイルが定着したのは、かつて目黒にあったお店〈バーデンバーデン〉で開催したオーダー会がきっかけです。店主のアドバイスから半年の準備期間を設けて、5種類の布を作り、お店の顧客を中心に事前に案内状を送ってもらいました。

 

その結果、はじめてのオーダー会は大好評。“オーダーメイドの傘”というものめずらしさから、たくさんのお客さんがきてくれた。たったひとりのお客さんに向けた傘作りを続けるうち、それがそのままイイダ傘店のスタイルとなっていきました

 

春と秋の年に2回のオーダー会。お客さんへ郵送する案内状は毎回かたちを変えて。

 

 

 

真似できない仕事

 

飯田:よく “オーダーメイドだからいい”という感想をもらうんですけど、最初の頃はうれしさと同時に、不安な気持ちもありました。それ以外の魅力を届けられていないのかなと。オーダーメイドの傘屋という肩書きに囚われていたのかもしれません。今は、それだけが魅力にならないような努力と工夫を、と思っています。布のデザインや、傘の仕上がり、そういったひとつひとつにイイダ傘らしさが宿っていけばいいなと。

 

ミシンを使うのはほんの一部、多くが手縫いで作られていく。手仕事の傘。

 

 

 

日々の記憶を写すスケッチ

  

車窓からみた美しい夕日、道に咲く小さな花、喫茶店で飲むメロンソーダ、千切りされた野菜。記憶にとどめておきたいと思った景色に出会った時、手に取るのはカメラではなく、1本のペン。一瞬一瞬を切り取るように、紙の上にさらさらと描いていく。そしてそのモチーフは時々、飯田さんの手によって布として生まれ変わります。

 

そのスケッチの意味合いはメモなので、その場にある紙やたまたま持ち合わせている紙に描いていくことが多い。僕にとってそれらは記憶として視覚化したものなので、特別にテーマはないし統一性もない、唯一言えるとすれば、「ふーん、、」と僕が微かに心を動かされた物だということくらい。(飯田純久作品集『スケッチ』より)

 

 

実際のスケッチブックに描かれた上からみた苺のへた。

 

 

飯田:日常の中でふと目にとまるものは意外と多いです。花びらの付け根がおもしろいなとか、柚子の皮の形が独特だなとか。傘や布のために描こう、という風には思っていないんです。見つけた景色を気軽に書き溜めて、それが数年後に何かの形に繋がったりする。トウモロコシの皮をむいて発見があり、食べる時に輪切りにして発見があり、それぞれスケッチしていました。後に輪切りを並べたテキスタイルデザインが出来ました。

 

 

作品集『スケッチ』の中の1ページ

 

2014年に発表した、輪切りのとうもろこしの日傘

 

 

デザインするのは空気のような世界

 

ひとつのシーズンで制作するテキスタイルの絵柄は、日傘と雨傘を合わせて5~6種類。“いろんな人の好みに合わせられるように”それぞれ色違いを用意します。

 

飯田:傘のデザインは、モチーフから生まれるのではなくて、先になんとなく「こういう感じの傘が作りたい」というイメージがあるんです。そこから必要なモチーフを当てはめていく。記憶の引き出しを開けていくように、イメージに沿ったモチーフを拾っていきます。

 

 

飯田:たとえば、でこぼこした刺繍を使った傘が作りたくて、なにを描こうかなという時に、たまたま海苔がでこぼこしているのを見て、刺繍と似ているなと思ったんです。それで作ったのが〈のり弁〉。毎日、のり弁を食べているんですか?とか聞かれますけど、そんなことはないです(笑)ただ、一度モチーフにしてみると、不思議とよく目に入るようになりますね。

 

米粒がプリントされた生地に海苔なような刺繍がほどこされた「のり弁」

 

傘になる布の図案は、スケッチとちがい、1枚のイラストが完成形ではありません。上下左右永遠に続いていく“パターン”として仕上げるため、つなぎ目がきちんとつながるように細やかな調整を手作業で行っていきます。

 

飯田:パターンの作成は、実はパソコンでやれば一瞬なんです。こんな風に地道に作っていく人は今時は少ないでしょうけど、僕はなるべく手を動かしながら考えたい。こつこつ作っていく中に発見があって、自然なデザインが生まれる気がするんですよね。

 

中心の図案が、飯田さんが手作業で制作したちぎり絵。上下左右の継ぎ目を合わせることで美しいパターンに。

 

 

外側に映るデザインだけでなく、内側から見る表情も楽しめるのが、傘だからこそできるテキスタイル。

2014年に出版した著書『イイダ傘店のデザイン』で、デザインへの思いを飯田さんはこう話します。

 

デザインはいつも漠然としている。

デザインが思い浮かぶというのは、モチーフのようなディテールではなく、空気のような世界が思い浮かぶこと。それはモチーフがいいとかではなく、それを取り巻く世界がキレイだということ。だから言葉にも絵にもできない。

こんな感じ、こんな世界、そんな感じ。

日常にふいに現れる世界、しかしすぐに次の場面になって現実になって、時間は過ぎる。思い出そうとした頃には、思い描いた色も景色もどこか遠くに行ってしまっている。

そうしてそうして、時間の中で残るものが残っていく。

飯田純久『イイダ傘店のデザイン』PIE Internationalより)

 

 

 

 

日常の一瞬をつなぎあわせ、ひとつの世界を作り上げるイイダ傘店のオーダー傘。

 

傘が本編だとすれば、スケッチはサイドストーリーのような存在でしょうか。どきどきする展開や感動のシーンはないかもしれないけれど、本編では描かれることのなかった、イイダ傘店のもうひとつの物語がそこにあります。

 

飯田純久作品集『スケッチ』

 

 

 

『スケッチ』と出会える場所

 

 

【終了しました】

現在、巡回中の『スケッチ』原画展。

NABOでは、9/9(月)まで開催しています。  

原画作品の展示や、作品集『スケッチ』の販売だけでなく、傘生地のテキスタイルを使った、レターセットやハンカチなどのグッズも展開しています。(傘の販売、受注はございません)

詳細はこちらから 

 

 

 

 

撮影:門脇遼太朗

posted by 北村 有沙

石川県生まれ。上京後、雑誌の編集者として働く。取材をきっかけにバリューブックスに興味を持ち、気づけば上田へ。旅、食、暮らしにまつわるあれこれを考えるのが好きです。趣味はお酒とラジオ。

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