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不安にざらつく心を、抱きしめるための5冊

 

圧しつぶされそうな日々です。

自宅にこもり、危機を耐え忍ぶ。それが最善の行為だと、僕たちは十分に分かっています。それでも、テレビやスマホからひっきりなしに様々なニュースが流れ込む。

この身体は家の中でじっとしていても、頭はたくさんの情報を取捨選択し、心は揺れ動く。目に見えない脅威に呼応して、目に見えない疲れが体に蓄積していきます。

 

読書は元来、不要不急なものでしょう。僕たちの生活を直接に支えるものでは、ありません。

しかし、毎日を生きる僕たちの内面に目を向けたとき、言葉は僕たちの心の火を暴風雨から守る、大切な避難所にもなりうるものです。

こんな時だからこそ本を読もう、と高らかに語ってしまうのは、ちょっとためらいます。でも本は、世界との摩擦に擦り切れ、ざらつく僕らの心をいやす、ひとつの手立てになると思うのです。

 

今回、気持ちをのびのびとストレッチさせてくれる詩集、チャーミングなイラストと言葉がやさしく沁みてくる本など、5冊を選んでみました。

いま、僕たちの魂は、弱っています。それを悲しむでもなく、鼓舞するでもなく、ただただ自分の両手で抱きしめる。このささやかな体温が、僕たちを明日へと繋ぐ手がかりになると、僕は信じています。

 

 

 

『疲れすぎて眠れぬ夜のために』 / 内田樹

 

2011年、東日本大震災が日本を襲ったとき、僕は東京に住んでいました。断続的な揺れが続き、明日はどうなるのか、不安を覚えながら布団にもぐる。そんなとき、通い慣れた書店で「いま、この本を買っていく人が多くて」と教えてもらったのが、『疲れすぎて眠れぬ夜のために』でした。

おそらくは、このタイトルがまっすぐ心に刺さる人が多かったのでしょう。僕も、そのうちのひとりです。

自分らしさへの疑問、働くということ、身体の使い方について…… 内田さんの話は、前後のつながりを保ちつつも、様々な方向にふわりと飛んでいきます。

そうした語りの裏側には、「無理をしない」「我慢をしない」というテーマが一貫して通底しています。それは、ただの優しいメッセージというよりも、無理をしたってその反動がくるのだから、続かないでしょう? と当たり前の事実を改めて教えてもらっている心地になります。

でも、大人になって、社会に溶け込んだ僕たちには、その当然のことに気がつくのが案外難しくて。本書を読み通すことで、ぼんやりしていた自分の輪郭を取り戻すことができました。

 

『疲れすぎて眠れぬ夜のために』
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『深呼吸の必要』 / 長田弘

 

スマホのロックを解除すれば、ノートPCをひらけば、テレビの電源をつければ、たくさんの情報が流れ込んできます。正しい情報を見極めて、間違いのない行動をする。全くもってそうなのだけど、それを完璧にこなせるほど、僕たちの脳みそはハイスペックではありません。

たくさんの情報を日々浴びる僕たちは、まるで水がいっぱい入ったコップのよう。これ以上なにかを取り込もうとしても、コップのふちから水がこぼれていきます。

本を読むことも、多くはこうした情報の収集として捉えられがちですが、読書という”体験”を得るものもあると思っています。知らない道を散歩するように、空と大きな雲を見上げるように、木々に実る葉っぱをながめるように。

得てして、詩はぼくらをどこかへ連れて行ってくれます。特に、長田弘さんが導いてくれる世界は、はじめて見る景色なのにどこか懐かしくて。

『深呼吸の必要』は、みんなかつては子どもだった、ということを優しく思い出させてくれます。

難しい言葉は、出てきません。僕たちも使いなれたいつもの日本語が、ゆっくり深呼吸できる場をつくってくれます。言葉を読み取るのではなく、言葉の森に分け入っていく。あたたかい飲み物と一緒に、詩の旅路を楽しんでいってください。

 

『深呼吸の必要』
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『悲しみの秘義』 / 若松英輔

 

こちらも、詩の本です。とはいえ、詩集ではなく、批評家の若松英輔さんが様々な詩や言葉に寄り添っていく1冊です。

この本の素敵なところは、書かれているのが”解説”ではないところ。もちろん、若松さんの鋭い視点や知識、感受性によって言葉に奥行きが生まれていくし、それを読むのは面白い。しかしそれ以上に、その言葉に出会ってしまった、若松英輔というひとりの人間の心の機微が垣間見れるのが、なんとも味わい深くて。

一編の詩と出会ったとき。それは、僕たちの忘れられない記憶と結びつき、目の前の景色を変えてしまいます。なんとも思っていなかった光景に、悲しみを覚えたり、慈しみが込み上げてきたり、静かな喜びが満ちてきたり。

宮沢賢治、小林秀雄、須賀敦子、遠藤周作。若松さんは、彼らの言葉に”出会ってしまった”ことが、切々と伝わってきます。そして、そのときの気持ちを文字にして書き記すことによって、新たに立ち上る情感がある。

大切な人と出会うように、僕たちは言葉と出会うんですね。

 

『悲しみの秘義』
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『学校では絶対に教えてくれない 自分のこころのトリセツ』 / 著・下園壮太 、文・柳本操

 

陸上自衛隊でメンタルヘルスに長年関わってきた、下園壮太さんによる心の処方箋です。

心身ともに極限化で活動することの多い自衛隊。そこで培われた経験は、社会をサバイブする僕たちにも確かに浸透していきます。

物事をネガティブに捉えてしまったり、ついカッとなって怒りに我を忘れてしまう。こうした現象を、下園さんは「原始人モード」という切り口で説明していきます。

少ない集団で生活し、様々な外敵から身を守るためには、こうした反応(本能)は生きていくために有効な手段でした。ただ、情報があふれる現代社会では、この本能がよい方向に機能しなくなってきているそう。

ストレスとは、避けるべきものではなく、僕たち人類の至極真っ当な反応である。このことを踏まえるだけで、なんだか肩から重みがすっと抜け落ちていくような爽快感を覚えます。

しんどさを感じない強い人間、ではなく、しんどさを受け止めるしなやかな人間になる。淡々と語りかけられる言葉が、しっかりと僕たちを明日へと導いていってくれます。

 

『学校では絶対に教えてくれない 自分のこころのトリセツ』
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『マムアン げんきがでる編』 / ウィスット・ポンニミット

 

バンコク在住の漫画家、ウィスット・ポンニミットさんの描くキャラクターは、どうしてこうもキュートなんだろう(表紙からもう、わかるでしょ?)。

「休むことも仕事だよ」
「食べたい時に食べたいだけおいしく食べる」
「質問するのを止めないと答えはでないよ」

副題の「げんきがでる編」のとおり、ちょっぴり心が晴れやかになるメッセージが、チャーミングなイラストと一緒に続いていきます。ほのぼのとした言葉だけでなく、時々グッと胸に刺さる大人のエッセンスが散りばめられているのが、作者の持ち味ですね。

幸せってほんとうは身の回りにあったんだ、て、なんだか聞き飽きたフレーズ。なのに、しょっちゅうそれを忘れてしまうのは、どうしてなんでしょう。

この本をパラパラめくっていると、新たな発見というよりも、「そうだった、そうだった」て思い出すようにうなずいてしまいます。

嬉しいとき、悲しいとき、なんだかパッとしないとき。いつだって読みがいのある1冊です。

 

『マムアン げんきがでる編』
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でもね、読まなくたって、いいんです。

 

不安にざらつく心を、抱きしめるために。以上が、選んだ5冊です。でも、こうして紹介したくせに、本を読まなくたっていい、とも僕は思っています。

家にいないといけない。僕も含め、そうした状況下の人がたくさんいます。そうなると、どうも人って、「この空いた時間でなにかをしないと、もったいない!」って気張ってしまうことも多くて。ただでさえ、体が緊張感を帯びた状態なのに。

最初にも書いたとおり、本は心の避難所になりうるものだ、と思っています。なので、本をかたわらに置いておけば、自分がそれを求めるとき、自然と手が伸びるのでしょう。

 

本を読む。コーヒーを飲む。飼い猫をなでる。今はやりのオンライン飲み会だって、いいかも。

思い思いの過ごし方で、弱った自分の魂を抱きしめられたら。そして、本がそのひとつの助けになれたら。いち本屋として、また、あなたと同じ今の世界を生きている者として、そんな風に願っています。

posted by 飯田 光平

株式会社バリューブックス所属。編集者。神奈川県藤沢市生まれ。書店員をしたり、本のある空間をつくったり、本を編集したりしてきました。

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