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2018-08-30

「何気ない自由」を描く、街のアーティスト。

 

 

 

 

鮮やかな刺繍を施されたバッグ、味のあるレコードのブローチ、米袋を利用した手のひらサイズの小銭入れ。豊かな感性を細やかな手仕事で表現したアートの数々。しかし、これらを手がけるアーティストは皆、共通の問題を抱えている。

 

それは、“障がい”を持っているということ。

 

NPO法人〈リベルテ〉では、「何気ない自由」や「権利」を尊重し、落書きにもみえてしまうような表現活動を”アート”として発信することで、自分らしくいられる居場所作りを行なっている。

 

 

 

ひとりの”表現者”として

 

上田駅から歩いて15分。かつて城下町として発展した北国街道・柳町は、ベーカリーや酒屋、蕎麦屋など古い長屋を利用した店が連なり、休日には多くの観光客で賑わう。そんなノスタルジックな風景の一角に、〈リベルテ〉が営むアートスペースはある。

 

時刻はお昼の12時を過ぎ、取材にきた旨をスタッフに伝えると、「もうすぐお昼ごはんの時間なので、ぜひ一緒に食べていってください」とうれしいお誘いが。靴を脱ぎ、案内されるまま奥のテーブルへ。コロッケ、もやしナムル、冷静スープ、料理が次々に運ばれてくる。リベルテでは毎日、その日いるメンバーとスタッフで揃ってお昼ごはんを食べる。地元の食材や有機野菜を使った日替わりのメニューは上田市内で店を営む〈食季café展〉によるもの。はじめは言葉なく、もくもくと箸を進めていたメンバーも、次第に緊張の糸がほぐれたのか、ふだんの賑やかな食卓を見せてくれた。食後は描いた絵を見せあったり、みんなでパソコンの画面を覗き込んだり。その光景はまるでひとつの家族のようだった。

 

 

 

 

「“支援する側”と“支援される側”という関係には、ちょっと違和感を感じるんです。街のなかで一緒に暮らす仲間として、その人がやりたいことや、望んでいることができる環境になるように、僕らは支援活動をしています。だからといって、どちらが偉いとか、弱い立場とかはなく、あくまでフラットな関係でいたい」

 

 

そう話すのは、リベルテの代表を務める武捨和貴さん。もともと福祉とは縁遠い世界に生きてきた彼が、NPO法人を立ち上げるまでに至ったのは、一枚の絵がきっかけだった。

 

「関西の大学を卒業後、地元・上田市に戻ってきました。美術の勉強が好きだったので、アート系の仕事をしたいなと思っていました。いざ職を探し始めると地方にはアートに関わる仕事がほとんどありませんでした。今でこそ、NABO犀の角があったり、デザイン関係者が東京からUターンで戻ってきたりしているけど、当時は経験を活かせる場所がどこにもなかった」。

 

「そんな時、たまたま行った喫茶店で展示されていた作品に衝撃を受けたんです。鮮やかな女性の絵でした。画用紙全紙サイズくらいの大きなその作品は、60代後半のおばあちゃんが描いたというから、さらに驚きました。ご本人に会ってみたくなって訪ねたのが〈風の工房〉。ものづくりを通して、障がい者の方々の自立を支援する場所です。そこでスタッフの方からボランティアに誘われ、気づけばそのまま就職していました(笑)働きだしてから、その作家の方と僕の関係は利用者とスタッフというより、師匠と弟子。もちろん僕が弟子です。そんな関係は僕が施設を離れるまで、約8年間続きました。よく画材が用意されていないと叱られたりして、厳しかったですね。その方は今年になって亡くなってしまったんですけど、80歳近く記憶も曖昧になるなか、唯一、僕の名前だけは覚えていてくれました。すごく感謝しているし、作家として今でもリスペクトしています」。

 

はじめて触れる福祉の世界では、単純に“支援する側”と“支援される側”という関係ではなく、作家とスタッフという関係性のなかで絆を深めていった。リベルテはその延長線上にあるのだと武捨さんはいう。

 

 

 

 

声なきコミュニケーションのかたち

 

「風の工房は街から車で30分かかるような山の中にありました。メンバーの半分以上がそこで生活をし、残りのメンバーはスタッフが毎日車で送迎していました。会話が困難な人が多く、表情や短い発語のなかから、どんな考えや行動を希望しているかを読み解くことが日常。けれど彼らも、絵や写真を前にすれば、一般の人と同じように感動するし、自分で絵を描く人もいた。直接的なコミュニケーションをとるのは難しくても、創作活動を通じてなら、街の人々ともコミュニケーションがとれるんじゃないかと考えるようになっていきました」

 

街には自立したい、働きたい、という気持ちがあっても、自分の持つ障害が社会との“摩擦”となり、「生きづらさ」を抱える人は少なくない。そんな人々の居場所を作るため、今から約5年前に武捨さんは〈リベルテ〉を立ち上げた。あえて街の中心にスペースを作ったのは、できるだけ自分たちの力で通える場所にしたかったから。彼らが創作活動をするアトリエと同じ場所にギャラリーを設けることで、街の住人や観光に訪れた人々がNPOの目的を知らず、その作品を手にとり、購入していく。そこに言葉がなくとも、アートを接点に、街と人がつながっていく。

 

 

 

それぞれの生きかた。働きかた。

 

現在リベルテには40名前後のメンバーが契約している。一般的な福祉施設だと、毎日通う人の数は、利用者の半数以上を占めているそう。一方、リベルテでは毎日通う人の数は全体の1割ほど。週3、4回のペースで来る人が多く、なおかつ活動や仕事ができる時間も2〜3時間くらいだという。活動資金は1日あたりに利用する人数に応じて入ってくる。持続的な運営や、お給料をもらって働くスタッフのためを思えば、利用者にはできるだけ毎日通ってほしい。でも、障害の特性上、活動の限界時間が短いというメンバーの事情もある。行きたくないのに無理やり通わせるのは、ちょっと違う。

 

「そのバランスは難しいです。ずっと葛藤しています。ただ、リベルテで起きている問題って、地域の問題でもあるんです。毎日決まった時間働くのが難しい人っていうのは、どんな街にも必ずいます。いわゆる生産性のない生き方だとしても、お互いに許しあえる関係性があれば、そこからまた新しいものを生み出せるはず。ふつうとは違う働き方や、地域活動のモデルにリベルテがなれればいいなと思います」

 

 

 

武捨さんは、経営者としての苦悩をあえて、スタッフにも共有している。社会の問題として一緒に考えてもらうためだ。そんななか、スタッフの佃さんは、リベルテの目指す社会についてこんな風に語った。「今日は働かない、と自分で選択するのも大切。自分のペースに合わせた働きかた・過ごしかたを探していくことも大事なこと。リベルテのなかで起きていることは、タイミングによっては正解にもなりうる」。一方、武捨さんの妻であり、スタッフの黒岩さんは、なかなか来てくれないメンバーに、3つのギャグを送ったら、久しぶりに顔を出してくれた。「心を掴んだのでしょうね」と武捨さんは笑う。

 

「ぼくらの支援は一般的な支援とは少しずれているかもしれない。障がい者でも働こうとか、障がい者の人のためにがんばろう、ということより、 “ともに地域のなかで生きていこう”ということを大切にしています」。

 

 

 

 

彼女たちの目に映る世界

 

「午前中に刺繍を、午後は絵や詩を書いたり、アクセサリーを作っています。もともと手芸が好きで、独学でやっていました」。そう話すのは関愛香さん。リベルテ最初のアーティストだ。写真に撮られるのが好き、という彼女はカメラを向けるたびにニッコリと微笑んでくれる。

 

 

 

 

最初の頃は週に1度、たったひとりでリベルテへ通い、お昼にはスタッフの黒岩さんが作ったお弁当を武捨さんと3人で食べていたという。今では、多くのメンバーに囲まれ、お昼の時間もずっと賑やかに。手芸の腕もみるみる上達し、今ではミシンや織り機もなんなく使いこなす。

 

「ものづくりの仕事はすごく楽しい」と話す彼女が手がける絵や詩のテーマは「大きなラブ」、略して「OL」。カラフルな画用紙には、ハートやリボンが散りばめられ、愛で溢れた言葉が並ぶ。心にきゅっと刺さる素直なフレーズに、バリューブックスが運営するブックカフェ〈NABO〉では、愛香さんを先生に迎えたポエムの会を開いたことも。

 

 

 

 

 

 

 

小説や絵を得意とする那月さんは、春から参加した新メンバーだ。そんな彼女が自身の発達障害を知ったのは去年のことだった。

 

「学校を卒業してからはずっと家にいました。外と交流がなく刺激のない日々からか、家族とぶつかることも多かったです。発達障害だとわかってから、生活の相談をしていた支援員さんを通じて、ここを紹介してもらいました。もともと表現することが好きで、食べたものや聞いた歌、読んだ小説からイメージして日記代わりにイラストを描いていました。それはそれで楽しかったんですけど、リベルテへ通うようになり、幅広い交流ができてから、視野がうんと広がったんです。“こういう観点あるんだ”“この発想おもしろい!”と、自分には見えないものが見えるのがうれしくて」。

 

 

 

リベルテでの交流のなかで始めた取り組みもある。「言の葉の種」という名前のプロジェクトは、メンバーから集めた言葉をもとに、物語を紡いでいくというもの。部屋の壁にあるポスターには、テーマとともにキーワードを集める付箋が貼り付けてある。

 

「他の人の意見や感想を取り入れながら、創作するのがすごく楽しいです。いまはスイーツをテーマに第2弾を募集中です」。

 

 

 

 

街の人のための居場所作り。

 

創作活動だけでなく、街との新たな接点を作る取り組みとして、リベルテでは今年から、上田市内のゲストハウス〈犀の角〉にて、喫茶の仕事をはじめた。

 

「去年の10月頃かな、メンバーからの声もあり、そろそろアート活動以外の仕事も具体的に検討していこうと思っていたタイミングで、犀の角の代表・荒井さんから昼間の営業を始めたいという相談をいただいたんです。メンバーが街の人のために働けるのはいいことだし、ぜひ一緒にやらせていただきたいです、とお返事しました。まずは清掃やチラシ配りの仕事から徐々にはじめて、今は火・木・金の週に3日、喫茶の仕事をお手伝いさせてもらっています。注文をとって、コーヒーを淹れたり、料理をサーブしたり。働きたいという強い意欲のなかで、苦手な接客も前向きにこなしています。今までは、スタッフが主体的にメンバーの居場所作りをしてきたけど、今度はメンバーから街の人たちへ、居場所を提供する。障がいを持つメンバーを応援することが、巡り巡って自分の居場所作りにつながる、そういう循環がぼくはいいなと思ったんです」。

 

 

この日、犀の角で働いていたのは、リベルテに参加して5年目の両川さや香さん。カウンターを覗けば、真剣な面持ちでコーヒーを淹れる姿があった。もともと美容師を目指していたという彼女は緊張した様子ながら、「やりがいがあります」と接客を楽しんでいた。運ばれてきた料理の隣には、リベルテのメンバーによる手刺繍のお手拭きが添えられている。さや香さんも喫茶の仕事がない日は創作活動に打ち込み、ブローチなど彼女の作品の一部は犀の角の店内にも展示されている。

 

 

 

人間らしさに気づかされる

 

「ここへ通う以前は、自宅だけで過ごされていて、表情も乏しく、“なにもできないですよ”といわれ入ってきたメンバーがいました。メンバーとして活動していく過程で、創作のなかにきちんと自分の意思を表現するんです。一部は近くの映画館にも飾ったこともあります。小さなものから大きな作品まで、すごくいい絵を描きますよ。なによりよく笑うようになりました。僕の子供を連れてきた時には、アンパンマンの絵を描いてくれたり。勝手に家へ帰ったかと思ったら、お菓子を持ってきてほかのメンバーに配っていたり。人間らしい部分がどんどん見えてきて、こんなに優しい人だったんだな、と気づかされました」

 

 

 

さまざまな活動を通して、日々、少しずつ変化していくメンバー。なかでも「スターバックスさんとの取り組みは本人だけでなく、家族や周りの人たちの気持ちに大きな影響を与えました」という。

 

それは、今年6月から期間限定でスタートした〈Book Meets Smile〉のこと。リベルテとバリューブックス、長野県内20店舗のスターバックスが合同で行うチャリティープログラムだ。

 

 

街や人を緩やかに巻き込みながら

 

 

 

〈Book Meets Smile〉は、長野にはじめてスターバックスができてから15周年になることを記念し、街に感謝の気持ちを届けようという思いのもとはじまったプログラム。チャリティーの仕組みは、スターバックス店内に設置した専用ボックスにてお客さんが読まなくなった本を回収し、バリューブックスが査定、本の買取金額をリベルテへ寄付するというもの。不要な本たちは、アーティストがもっと自由に表現できるための、画材や素材へ姿を変える。

 

 

 

 

20店舗それぞれに設置された古材を活かした回収ボックスは、諏訪市にある〈ReBuilding Center JAPAN〉の協力のもと、各店舗のパートナー自ら板を削り、組み立て、制作した。黒板の内容にも店舗ごとに少しずつ異なる。それぞれがオリジナリティ溢れ、リベルテや長野の街への愛が感じられる仕上がりになっている。

 

さらに一部店舗では、「コーヒーのある風景」をテーマに作品を展示。期間中は時々メンバーも店舗へ出向いては、コーヒーのサーブやライブペイティングを行なっている。

 

 

 

 

「このプログラムをはじめて、メンバーはもちろん、ご家族や周りの人々に大きな変化がありました。ふだんは厳しいお兄さんが、弟であるメンバーがスターバックスで展示をすることを話すと、すごく喜んでくれたり。顔写真の掲載が遠慮がちなご家族も、楽しそうに制作に取り組む姿や、店内に展示された作品、街の人たちが応援してくれている様子を知り、メディアへの顔写真の掲載について、メンバー自身の意志にゆだねてくれるようになりました。ご家族の方の変化が、個人にも影響を与える。一番近い人と一緒に楽しめる、喜びあえるって大きいですよね」。

 

一冊の本が支えるこのプログラムを通して、本人と社会、そして家族との間に、確かな変化が起きている。

 

 

 

 

今日着る服を選ぶこと。お気に入りのペンを持つこと。気持ちを表現すること。リベルテが描くのは、お互いに「何気ない自由」を尊重できるような、あたらしい街のかたち。街やその住人を緩やかに巻き込みながら、自分を自由に表現できる場所をひとつ、ひとつ増やしていく。

 

 

 

 

撮影:篠原幸宏

posted by 北村 有沙

石川県生まれ。上京後、雑誌の編集者として働く。取材をきっかけにバリューブックスに興味を持ち、気づけば上田へ。旅、食、暮らしにまつわるあれこれを考えるのが好きです。趣味はお酒とラジオ。

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